150年の学校の歴史⑯

1970年3卒業の方

半世紀以上も前のことなので、とりとめのない思い出・・・。

木造校舎の旧校舎は、東の一年生教室から西の三年生教室までは、廊下がほぼ一直線だったので、走ってみたい誘惑に度々駆られた。トイレは、床から2段上がった、いわゆる「ポッチャントイレ」で、一人で行くには微妙に怖かった。給食には、戦後定番の脱脂粉乳が付き、焦げついたものが出た時には、臭いし苦みがあるしで、なかなか飲み込むことができず苦労した。五年生くらいに、牛乳(瓶入り)に換わったときは、本当にほっとした。

同じ時期、とても大きな地震があり、上履きで校舎裏の田んぼのあぜ道に避難した。校舎の屋根の瓦が落ちてきたのが見え、これが地震の怖さを知った始まりだったと思う。